2011年11月29日火曜日

【原耕先生】カツオマイスター予備港【年表昭和篇】

こんにちは。

毎週、原耕先生について学んでおります。

今回は年表の最終回、昭和篇です。

昭和2年  ・米領フィリピン、蘭領諸島を視察する
       ・農林省並びに鹿児島県より南洋調査を嘱託される
       ・6月1日、第一次南洋漁場探検に出発。
        パラオ・セレベス・マルク諸島アンボンに至り
        12月に帰還する
昭和3年  ・2月、鹿児島1区から民政党の推薦を受け、
        衆議院議員に当選する。その後、床次竹二郎の
        「新党倶楽部」設立に伴い、原耕も新党倶楽部に加盟
       ・4月、第55回帝国議会において「漁業奨励ニ関スル建議案」
        および「南薩鉄道並薩南中央鉄道買収ニ関スル建議案」を提出
昭和4年  ・農林省、拓務省、台湾総督府、南洋庁より
        南洋諸島調査を嘱託される
       ・第56回帝国議会において「噸税法中改正法律案外一件委員会」
        の委員長を務める(1月~3月まで)
       ・『南洋の鰹漁業に就て』『南洋の鰹漁業(其貳)』
        『敢えて漁友諸君に訴ふ』を発行
       ・3月、第56回帝国議会において「遠洋漁業奨励法中改正法律案」
        を提出。本会議において南洋漁業について演説する機会を得る
       ・6月1日、第二次南洋漁場探検へ出発。アンボラのラハ村に
        250ヘクタールの広大な土地購入の交渉を開始する。12月帰還。
       ・7月、新党倶楽部と政友会の合同により、原耕も政友会へ
昭和5年  ・2月、第17回総選挙、鹿児島1区から衆議院議員選挙に出るも落選
       ・米領フィリピン、蘭領東印度、英領シンガポールを視察する
昭和7年  ・農林省、拓務省、台湾総督府、南洋庁より
        南洋諸島調査を嘱託される
       ・2月、第18回総選挙が実施され、鹿児島1区から立候補して
        床次竹二郎を次点におさえトップ当選する
       ・6月、当時の内閣総理大臣齊藤實宛に「南方漁場ニ対スル陳情」
        を提出
       ・9月、第63回帝国議会において「指宿枕崎間鉄道敷設ニ関スル建議」
        を提出
       ・12月、第三次南洋漁場探検に出発
昭和8年  ・8月3日、アンボンで漁場基地建設中に悪性マラリアに冒され
        客死。享年58歳。

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